お経とは、お釈迦さまの法(真理を伝えるための言葉)であり、お釈迦さまが2月15日(第二の月の満月の夜とされている)沙羅双樹の下で涅槃された後、弟子達によってお釈迦さまが生前にご説法されたのを思い返し書き留めたことによって出来たものです。
 
経典は5400巻以上あるとされ、インドの古い言語であるサンスクリットで書かれていました。後に中国より多数の僧がインドへ向かい、仏教を中国へと伝来されていきます。皆様がご存じである西遊記に登場します「三蔵法師」こと玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)がインドのガンダーラの僧院で3年の年月を経て書き写して唐へ持ち帰り、更に、4年の年月をかけて漢字へと翻訳されたお経が「大般若経600巻」です。

お経にはサンスクリット語に漢字を当てはめたままの経文や翻訳された経文とあります。
お経は、お釈迦さまが説法された時の言葉であり、私たちに真理の法を学べる機会を与えてくださっているのですが、現代人にとって漢文は難しいものがあり、見ただけでは分かりませんが、漢字一つ一つに意味があり、なんとなく分かる場合もあるかと思います。
 
そもそも、お経を読むこと聞くことはお釈迦さまの言葉や祖師の言葉を見て、聞くことになり、悩み迷えるものに道を示された言葉でもあります。
 
ここで、臨済宗でお勤めの際に読まれるお経の一部を説明します。
 
 
 
 開経偈(かいきょうげ) 
 
おつとめをするとき、最初に読まれるお経です。
 
開経とは、経文の紐を解くこと、紐を解き経典を開くことで、偈とは、仏の徳をほめたたえた韻文、四句を一偈とする意味です。仏祖のとても深い尊き教えは、永き年月を経ても出会うことは難しい。私は、その会い難き教えを受けて守り、願うところは、仏の真実の理を悟るように」とあることから、経典を開いて、仏の教えを得られるようにという意味でしょう。
 
最初に読んで、今から教えを受けますという心を持つことが大切です。
開経偈は、あせらず、ゆっくりと三回繰り返し読みましょう。
 
 
 般若心経(はんにゃしんぎょう)

 
般若経は、大品般若経、小品般若経、金剛般若経、西遊記でも知られる三蔵法師こと玄奘三蔵訳の大般若経などがあり、般若経の神髄を説いた経である般若心経は262文字から成ります。
 
般若経は空思想を説いた経典で、仏が悟られた真理に達する為のことが書かれています。
 
このことから「真理を認識し悟りを開く真髄の教え」という意味を持つお経となり、仏教各宗派で読まれています。
 
 
 観音経世尊偈(かんのんぎょうせそんげ)

 
世尊偈とは、妙法蓮華経の第二十五品「観世音菩薩普門品かんぜおんぼさつふもんぼん)の後半の韻文であり、普門品偈(ふもんぼんげ)とも呼ばれます。
 
観音菩薩を心に念じ、その名を称えれば、いかなる苦難からも逃れることができるとあり、観音は姿を変えて衆生を仏道へと教え導くことを説いています。
 
 
 大悲咒(だいひしゅ)
 
このお経は、臨済宗で頻繁に読まれる経典です。
「大悲咒」とは「千手千眼観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼経(せんじゅせんげんかんじざいぼさつこうだいむげだいひしんだらにきょう)というお経の梵文の呪文の部分を翻訳しないで抽出したお経です。
 
観世音菩薩の広大無辺、無量円満にして無礙融通なる大慈悲心を表し、至心にお唱えすることによって、その功徳や誓願を得られるとされています。
 
 
 開甘露門(かいかんろもん)

 
このお経は、朝夕のおつとめでも読まれますが、1年を通して最も多く参拝される日がお盆であります。そのお盆の行事「山門施餓鬼会(さんもんせがきえ)で読まれる経典でもあります。
 
私達のご先祖様は、子孫の方々から手厚いご供養をうけています。しかし、動物達の霊などを含め多くの霊が、誰からも手を合わせられず、供養されず、苦しんでいる霊も多いはずです。
 
ご先祖様だけではなく、その霊達も含め、すべてに阿難尊者(あなんそんじゃ)が啓かれた教えを示して供養すること、仏は、すべての世界で苦しむものを救うことを示しています。
 
 
 白隠禅師坐禅和讃(はくいんぜんじざぜんわさん)
 
我が宗門の再興の祖である白隠禅師が示したお経です。
 
白隠は江戸中期の僧で、今の静岡県の人です。若くして各地で修行され、本山妙心寺第一座となり、静岡の松蔭寺を復興しました。 天皇より与えられた名前が神機独妙禅師・正宗国師です。
その白隠が、大衆にも解り易い歌をもって坐禅の功徳や大切さ、尊さを教えられています。
 
 
 四弘誓願文(しぐせいがんもん)
 
「菩薩は、大慈悲心を起こし、誓願を発し、三昧を修めて、衆生を助け、独り絶対自由の境地を求めようとしない」と経にあります。
 
この四弘誓願文は、仏教徒であれば、常にこの誓願を心に掲げ、これでよいという完成は無く、限りない前進が可能であることを教えられ、おつとめの最後に心を込めて読まれる経でもあります。 
 
「命あるものは、限りがないけれども、誓って導くことを願う」
 
「自我の欲や悩みは、尽きることはないけれども、誓って断ち切ることを願う」
 
「この世の真理は、計り知れなくとも、誓って学ぶことを願う」
 
「悟りの道は、年月を経ようとも、誓って成し遂げることを願う」
 
という4つ意味を持つ句からなります。
 
 

 

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